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野村忠宏選手 前人未到の領域へ -恐怖感を克服した先に見えてくるもの -
感覚的に「頼るのはこれ」と判断
- これまでもケガをされたことはあったかと思いますが、世界柔道選手権を辞退するなど、今回の右膝前十字靱帯損傷は特に大きいものになってしまいましたね。
野村 そうですね。ケガとしては、いちばん大きかったと思います。
- 「手術をする」という選択肢はなかったのですか?
野村 手術をすればリハビリにも時間がかかってしまい、北京五輪の選考会に間に合わなくなる可能性がありました。アテネ後も現役続行を選んだのは北京での四連覇を最終目標に定めたからです。ケガが完治したところで北京に間に合わなければ、なんの意味もありませんよね。であれば、手術をせずに微弱電流や超音波を流し、回復に努めた方が得策だと考えたんです。
- 膝の治療をするにあたって、伊藤超短波の治療器をお使いいただいたと思うのですが……。
野村 はい。シドニーオリンピックのときから使っている「携帯型小型電流刺激装置」のほか、最新の「超音波・電流コンビネーション治療器」も用意していただきました。特にケガの直後は身動きがとれないし、リハビリもできなかったため、暇さえあればず〜っと治療器のお世話になっていましたね(笑)。
 
   
 
   
- 治療器の効果をどのように実感されましたか?
野村 自分の感覚的なものなのでうまく説明できませんが、それはもう、「頼るのはこれしかない!」っていう……。治療器を使ったとたん、みるみる劇的によくなった、という実感はなくても、治療をサポートする上で必要だと感じていたし、治療器が効果的だったのは間違いなかったと思います。
- 大きなケガを経験したことで、コンディショニングに対する考え方が変わりましたか?
野村 いや、特に変わりません。ある程度きちんと準備運動をして、練習中にいくら集中していても、ケガをすることはあるんですね。
練習中に手を抜いたり、気を抜いたからケガをしたのであれば後悔するしかないけれど、一生懸命やっていたのにケガをしてしまったら、それはもう「しょうがない」って思うしかないですよね。ですから、ケガをしたからといって、その後に何かをあらためたりすることはありません。
     
プレッシャーを感じられるのは、期待されているから
     
  - オフィシャルブログには「ケガをしてそれで負けるのも自分の責任。体調が悪いのも自己管理ができていない自分の責任」といった内容が書かれていました。すべての原因が自分にあると言い切ってしまうと、自分に余計なプレッシャーをかけてしまうことになりませんか?
野村 いまさらですよね、プレッシャーなんて。はじめてオリンピックに出たときから、ここ十数年、プレッシャーは常にあったし、むしろプレッシャーがないと、自分を厳しく見られないんです。例えば「今日はちょっとサボりたいな」なんて思ったときに(笑)、プレッシャーがあれば、そういう気持ちを戒めてくれたりする。まぁ実際は、それでもサボるときはあるんですけど(笑)。
- プレッシャーを感じるのは、期待されていればこそ、ですね。
野村 調子がいいときは「野村は天才だ」という評価をいただけるけれど、結果を残せなければ「あいつは終わった」となるわけです。いい面も悪い面も含めて、プレッシャーを感じられるのは期待されているからであって、競技者としては幸せだなって思っています。

 

野村選手は、4月に右膝前十字靱帯の手術を行い、現在はリハビリに励まれています。伊藤超短波はこれからも野村選手の挑戦を応援していきます。

野村忠宏 (のむら・ただひろ)

1974年12月10日、奈良県生まれ。祖父は柔道道場「豊徳館」館長、父は天理高校柔道部元監督、叔父はミュンヘンオリンピック軽中量級金メダリストという柔道一家に育つ。天理大学、奈良教育大学大学院を経て、ミキハウスへ。アトランタオリンピック、シドニーオリンピックで2連覇を達成。その後、アメリカへ留学し、2年のブランクを経て復帰。04年、アテネオリンピックで見事3連覇を達成する。
 
     
 
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